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長野地方裁判所 昭和52年(ワ)61号 判決

原告 和田晴夫

被告 長野市

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告両名に対し、それぞれ金一、一三〇万円ずつ及びこれに対する昭和五一年五月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文第一、第二項と同旨

2  (予備的)担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (事故の発生)

原告らの子訴外和田利夫(以下、利夫という。昭和四〇年一月一三日生れ)は、昭和五一年五月二〇日、長野市七二会字八山丁三七七四番地先市道大久保平出線(以下、本件市道という。)の通称除沢上に掛けられた橋(以下、本件橋という。)から自転車とともに転落し、頭蓋骨骨折により死亡(以下、本件事故という。)した。

2  (責任原因)

(一) 本件橋は、被告においてこれを設置しかつ管理していたものである。

(二) 本件事故は、以下に述べるように、被告の本件橋の設置、管理の瑕疵に起因するものであるから、被告は国家賠償法二条により、後記損害を賠償すべき責任がある。

(1)  本件橋は、川床からの高さが二・六メートルであり、川床の一部分には石が土の上に露出していたという状況にあつた。従つて、本件橋から転落すれば、打撲、骨折等の傷害はもとより、本件事故のように死亡に至る可能性のあることは、十分予想されたことであつた。現に、本件橋の所在する七二会地区においては、かつて子供が橋から転落して死亡する事故があつた。

(2)  本件事故当時、本件橋は両側に柵壁ひとつなく、単に沢上に板状のコンクリートを掛けただけのものであり、構造上全く安全性を欠いたものであつた。

(3)  以上のように、本件橋は危険な状態であつたから、被告としては、転落事故防止のため、本件橋に高欄を設置するという転落防止措置を講ずべきであつたのに、これを怠つたため、本件事故が発生したのであつて、被告には、本件橋の設置、管理に瑕疵があつたというべきである。

3  (損害)

(一) 利夫の逸失利益

(1)  本件事故時の年令 一一才

(2)  就労可能年数 一八才時から六七才時まで

(3)  収入

月収金一五万二〇〇円年間賞与金五六万八四〇〇円(昭和五〇年度賃金センサス男子労働者の産業計企業規模計)

(4)  生活費控除

右収入額の五〇パーセント

(5)  中間利息控除方法

ライプニツツ方式

(6)  逸失利益現価

金一四六一万一五六四円

(二) 利夫の慰謝料

金四〇〇万円

(三) 相続

原告らは、利夫の父母として法定相続分(各二分の一)により、利夫を相続した。

(四) 原告らの慰謝料

各金二〇〇万円

4  (結論)

よつて、原告らは被告に対し、各金一一三〇万円及びこれに対する本件事故発生後である昭和五一年五月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2(一)は認める。

3  同2(二)中、本件橋から川床までの高さが約二・六メートルであつたことは認めるが、その余は否認する。

公の営造物の設置、管理の瑕疵とは、当該営造物の通常備えるべき安全性を欠いていることをいい、右の安全性は、当該営造物の場所、利用状態、周囲の状況等を総合して判断すべきところ、本件橋は次のとおり、通常の安全性は備わつていたものである。すなわち、本件橋は、交通量の極めて少ない山間部の市道に設置され、川床から本件橋までの高さはそれほどなく、川底の状態は土砂が堆積するなど危険でなく、また本件橋に通ずる道路の有効幅員が三・二メートル程度であるのに対し本件橋の幅員は約四メートルもあるうえ、本件橋の両側には通行する車両の滑落防止のため高さ二二、五センチメートル、幅二五、五センチメートルのコンクリート製地覆が備わつているのであつて、通常の通行方法をとる限り、本件橋から転落することは考えられないものである。

本件事故は、通常予想されない態様の事故であり、本件橋の構造、設備と本件事故との間には相当因果関係がない。すなわち、利夫は、学校及び警察の安全指導により禁止されていた大人用自転車に乗り、後方から追いついてくる妹を待とうとして本件橋の地覆上に左足をついて停止し、後を振り向いたところ、誤つて左足を地覆上からすべらし、均衡を失して川に転落したものである。

4  同3は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  (本件事故の発生について)

原告らの子利夫が、昭和五一年五月二〇日、本件橋から自転車とともに転落し、頭蓋骨骨折により死亡したことは当事者間に争いがない。

二  (本件橋の設置または管理の瑕疵について)

1  被告が、本件橋を設置しかつ管理していたことは当事者間に争いがない。

2  そこで、本件橋の設置または管理に瑕疵があつたかどうかにつき判断する。

国家賠償法二条一項にいう営造物の設置または管理の瑕疵があつたとみられるかどうかは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものであるから、以下、本件橋につき、これらの諸点を検討する。 いずれも成立に争いのない乙第一号証、第三号証、第五号証の一、第七号証、第一〇号証の一、二、第一二号証の一、二、第一三号証の三、四、第一四号証の二、第一五号証の二、三、第一六号証の四ないし八、第一七ないし第一九号証、原告晴夫本人尋問の結果及び同尋問結果により昭和五一年五月二一日当時の本件事故現場を撮影した写真であると認められる甲第一号証の一ないし四、証人佐藤和也の証言及び同証言により昭和五二年三月二八日、同年四月一二日各当時の本件事故現場を撮影した写真であると認められる乙第五号証の二、証人北原久司、同田中久男、同滝川隆夫の各証言、検証の結果を総合すれば、以下の諸事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(一)  本件橋は、長野市七二会の大久保部落から平出部落へ通ずる市道大久保、平出線が、七二会八山丁において、北から南へ流れる通称除沢の上を通過する地点にあり、橋の構造は、幅が四メートル、長さが五メートルの鉄骨造のコンクリート製である。

(二)  本件事故当時、橋下の除沢から本件橋までの高さは約二・六メートルであり(右事実は当事者間に争いがない。)、除沢の川床には一部に水が流れていたが、その水量は少なく、その他の川床部分には草が生え茂つており、一部には石が地表に露出している箇所もあつた。本件事故現場付近では、前記市道の幅員は約六・一メートルあつたが、そのうち有効幅員は約三・六メートルであり、その他の道路敷部分は草地となつていた。本件橋の両側には、高さ二二・五センチメートル、幅二五・五センチメートルのコンクリート製地覆が設置されていたが、それ以外に、防護柵等の転落防止の安全施設は設置されていなかつた。

(三)  本件事故現場付近一帯は、山間部で、原野または耕作地となつていて、人家はみあたらない状況である。市道大久保、平出線は、昭和四一年に当時の七二会村により農業構造改善事業の一環として開設された農道であつて、同年市道に編入されて以後も、主として、農耕用車両の通行に利用されており、本件事故現場付近では、極めて交通の閑散といえる状態にある。

(四)  本件事故の態様は、利夫が、事故当日午後六時四〇分ころ、妹と共に知足院部落へ遊びに行つた帰途、五段変速の成人用自転車に乗つて、大久保部落から平出部落方面へ向う途中、本件橋にさしかかつたが、同所で後方からついてきている妹を待つために、本件橋の左側端に寄つて乗車したままコンクリート製地覆上に左足をのせて停止し、すぐさま左側を向いて振り返ろうとしたところ、自転車と共に橋下の除沢に転落したものである。本件事故当時における利夫の、身長は約一四一、二センチメートル、座高は約七六、九センチメートルであつたが、利夫の乗車していた自転車のサドル上部の高さは八三センチメートル、サドルからペダルまでの長さは七二センチメートルであつた。利夫の通学していた七二会小学校では、従前から体に合わない成人用の自転車に乗らない旨の指導がなされており、本件事故の三日前に実施された交通安全教室においても、利夫は前記自転車に乗らないようにとの注意を受けたばかりであり、原告晴夫も利夫からこれを聞いて知つていた。

(五)  本件橋については、従来、転落事故の発生したことはなく、七二会地区住民から被告に対し、本件橋に転落防止用の安全施設の設置を要望することもなかつた。被告は、本件事故後、本件橋の両側に金網の防護柵を設置したが、それは大久保、平出両部落の区長等の懇請により行つたものであり、本件橋の危険性を認めたものではない。昭和四二年ころ、七二会地区において、幼児が橋から転落死する事故が一件発生したことがあるが、その橋の所在場所は本件事故現場とは異なるうえ、転落の原因も橋の欄干が腐朽していたことによるものであつた。また、本件橋に防護柵を設置後、その支柱が曲げられていたことが一度あつたが、その原因は不明であり、それが車両の衝突によるものとはにわかに断定し難い。

以上認定の事実を総合すると、本件事故は、もつぱら利夫が体に合わない自転車に乗つて本件橋の左側端に寄り過ぎて停止しようとした重大なる過失によつて発生したものであることが推認される。本件事故現場である本件橋は、山間部の極めて交通閑散な地域に設置されたものであるから、その使用頻度は乏しいものであるといえる。のみならず、付近の市道の有効幅員が約三・六メートルであつたのに対し、本件橋の幅は四メートルであつて、その両側には、通行時の滑落防止の目的からみれば一応安全性に欠けるところはないといえるコンクリート製地覆が存在していたのである。これに加えて、本件橋について従来から七二会地区住民から安全施設の要求はなく、そのことは本件橋の利用状況等にてらして無理もないと考えられるのである。そうだとすれば、本件橋の設置、管理者である被告としては、体に合わない成人用自転車に乗つた児童が本件橋の両側端にある地覆に足をつけて停止する事態を予測し、そのために生ずる転落の危険を回避するため防護柵を設置する等万全の措置を講ずべき義務を負担していたものとは解し難い。したがつて、被告が本件橋に転落防止のための防護柵を設置していなかつたことをもつて、本件橋が通常備えるべき安全性を欠き、被告の本件橋の設置、管理に瑕疵があつたものと解することは困難である。

三  (結論)

以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安田實 山下和明 三木勇次)

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